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【第70回 小学校高学年 課題図書】田沢五月 作「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」書評

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今回は読書感想文全国コンクールの課題図書(小学校高学年の部)を紹介したいと思います

海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞 / 田沢五月 作

こちらの本は、2023年に国土社より出版されました、田沢五月 作「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」です。

この記事を読んで分かること
  • 青少年読書感想文全国コンクールの課題図書の概要
  • 「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」のあらすじ、本を読んだ感想
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青少年読書感想文全国コンクールの課題図書

こちらの本ですが、第70回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書となっています。

課題図書は「小学校低学年」「小学校中学年」「小学校高学年」「中学校」「高等学校」に分かれていまして、今回の「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」は「小学校高学年」の課題図書になっています。

■小学校低学年の部

題名著者出版社
アザラシのアニューあずみ虫 作童心社
ごめんねでてこいささきみお 作・絵文研出版
おちびさんじゃないよマヤ・マイヤーズ ぶん
ヘウォン・ユン え
まえざわあきえ やく
イマジネイション・プラス
どうやってできるの? チョコレート田村孝介、立脇卓 写真ひさかたチャイルド

■小学校中学年の部

題名著者出版社
いつかの約束1945山本悦子 作
平澤朋子 絵
岩崎書店
じゅげむの夏最上一平 作
マメイケダ 絵
佼成出版社
さようなら プラスチック・ストローディー・ロミート 文
ズユェ・チェン 絵
千葉茂樹 訳
光村教育図書
聞いて 聞いて!:音と耳のはなし髙津修、遠藤義人 文
長崎訓子 絵
福音館書店

■小学校高学年の部

題名著者出版社
ぼくはうそをついた西村すぐり 作
中島花野 絵
ポプラ社
ドアのむこうの国へのパスポートトンケ・ドラフト 作
リンデルト・クロムハウト 作
リンデ・ファース 絵
西村由美 訳
岩波書店
図書館がくれた宝物ケイト・アルバス 作
櫛田理絵 訳
徳間書店
海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞田沢五月 作国土社

■中学校の部

題名著者出版社
ノクツドウライオウ:靴ノ往来堂佐藤まどか 著あすなろ書房
希望のひとしずくキース・カラブレーゼ 著
代田亜香子 訳
理論社
アフリカで、バッグの会社はじめました:寄り道多め仲本千津の進んできた道江口絵理 著さ・え・ら書房

■高等学校の部

題名著者出版社
宙わたる教室伊与原 新 著文藝春秋
優等生サバイバル:青春を生き抜く13の法則ファン・ヨンミ 作
キム・イネ 訳
評論社
私の職場はサバンナです!太田ゆか 著河出書房新社
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「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」のあらすじ

岩手県山田町は陸中海岸の真ん中にある漁業の盛んな街です。

この山田町の北東部の高台に、山田町立大沢小学校があります。

この大沢小学校には「海よ光れ」と呼ばれるものが2つあります。

1つは、大沢小学校の学習発表会で毎年行われる劇です。

この劇は、1年生から6年生までの児童が全員で1つの劇をやるので「全校表現劇」と呼ばれています。

そして、演じる劇は毎年同じ「海よ光れ」という脚本です。

この劇は昭和63年、大沢出身で当時大沢小学校に勤務していた箱石敏己先生が、内陸の街で活躍する「劇団きたかぜ」代表の藤原博行さんの協力を得て作りあげた脚本です。

その昔、大沢地区は捕鯨が盛んだったこと、イカがたくさんとれたこと、明治と昭和の津波で街が飲み込まれてしまっても力を合わせて生き抜いたこと、などが劇に盛り込まれています。

全国漁港大会の時には、全校児童で東京へ出かけて公演をしたこともある大沢小学校自慢の行事です。

そしてもう1つは、学校新聞です。

大沢小学校の児童会執行部がつくるこの新聞は、劇にちなんで、「海よ光れ」と名付けられています。

また学校新聞「海よ光れ」は、岩手県小・中学校新聞コンクールで毎年連続で最優秀賞を受賞しています。

それだけではなく「全国小・中学校・PTA新聞コンクール」でも、毎年上位入選を果たし、2010年3月には「内閣総理大臣賞」で表彰されました。

これは全国1位の快挙です。

そして、2010年度の全国小・中学校・PTA新聞コンクールで、毎日小学生新聞賞と名誉大賞を受賞しました。

ですが、その翌年2011年3月11日、マグネチュード9.0という巨大地震が起こりました。

東北地方を中心に甚大な被害をもたらした、東日本大震災です。

そしてここ山田町にも巨大地震と大津波がやってきました。

大沢小学校は高台にあったため、幸運にも児童全員は無事でした。

ですが、山田町に住むたくさんの人が津波の被害にあい生き残った人も命からがら避難しました。

そして、高台の大沢小学校に避難した人は500人に膨れ上がりました。

それから大沢小学校は震災による避難所となり、地区の人とともにここにいる全員が生き延びるために力を合わせました。

避難所では、身内の安否が分からない人たちが大勢いました

また、食料もままならない状態でしたが、無事だった家から野菜を持ち寄ったり、横倒しになった冷蔵庫から材料を集めて、みんなで協力していました。

大沢地区は孤立していましたが、他の地区も被害が大きかった、なかなか救助隊がきませんでした。

ですがそんな中でも、大人たちが中心となって必死に子供たちを守ろうとしてくれていました。

大沢小学校の児童たちも、この状況の中で自分たちができることを考えて行動していました。

例えば、断水していて水が出なかったため裏山の川へ行って何往復も水をくみに行ったり、トイレの掃除をしたりなど、自分たちにできることを必死になってこなしていました。

また、ある児童は肩揉み隊を結成して、避難所にいるお年寄りに肩揉みをしたりしていました。

そして、教室では「希望を持ってがんばろう大沢」というポスターを作って、昇降口や多目的ホールなど目に付くところに貼りました。

そして、避難所の壁に貼られたのは「海よ光れ!」というポスターでした。

避難所で暮らす大沢地区の人たちは、児童たちの活動によって生きる希望をもらっていました。

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「海よ光れ!:3・11被災者を励ました学校新聞」を読んだ感想

この本には、大沢小学校の伝統である2つの「海よ光れ」が書かれています。

1つは、全校表現劇の「海よ光れ」です。

これは、大沢地区に住んでいる人なら皆が知っているし、大沢小学校出身だったら自分たちも演じた劇であり、大沢地区にとって大事な劇です。

そして、この劇には明治と昭和に起こった津波も出てきますし、劇を通じて津波は危険なもの、そして被災しても住民みんなが力を合わせて生き抜くべきという共通認識が大沢地区の方にはあったんじゃないかなと思います。

そしてもう1つが学校新聞の「海よ光れ」です。

この新聞は、全国的にも高い評価を得ていて、まさに大沢小学校の誇りとも言える存在です。

そして東日本大震災が起き、大沢小学校が避難所となっても、児童たちはこの「海よ光れ」新聞を作り続けました。

例えば、避難所で料理を作ってくれている方々の紹介、県外からボランティアで来てくれている方の作業内容、全国から避難所に送られてくる励ましの手紙の紹介など。

まさにこの児童新聞が、大沢小学校の避難所で暮らしている人たちの心の支えになったんだなと感じました。

作中のエピソードで印象に残ったものがあります。

それは、震災直後の避難所で避難している子供たちが「がんばろう大沢」というポスターを作って、避難所や町中に張り出した時のことです。

とある女性は夫が津波の被害に遭い、自宅が流されて、それでもなお生きる手立てを探って林道を歩いて大沢小学校を目指しているときに、ふとこのポスターを見ます。

大沢はきっと大丈夫、元気を出して!

その女性は突然の災害に心が折れかかっていましたが、このポスターを見てまさに今の自分に語りかけてくれているように感じて、勇気をもらい涙を堪えて避難所を目指したそうです。

言葉の力というのは、時にとてつもない力を人に与えます

この大沢小学校の児童たちが作ったポスター学校新聞「海よ光れ」に書かれたひとつひとつの言葉が、大沢地区の人々に生きる力と勇気を与えたんだなと感じました。

ですが、残念なことに、2019年度を持って大沢小学校が廃校になってしまいました。

そして震災にも負けなかった、劇と新聞2つの「海よ光れ」は、ここで歴史の幕を閉じることになりました。

そのことは非常に残念ですが、大沢地区の人々にとって2つの「海よ光れ」はこれからも彼らの記憶の中で残り続けるだろうなと思いました。